}

ちくま大百科

【神社・仏閣】須須岐水神社

所在:千曲市屋代

屋代における産土(うぶすな)の鎮守が始まりで、水の神様、水の守護神として江戸時代は屋代堰下(せぎしも)18ヵ村の総社でした。歴史は古く「祝神社」と呼ばれ、格式ある「延喜式内社」だったという記録もあります。滋賀県、日吉神社の祭神「大国主命(おおくにぬしのみこと)=山王権現」を観請して、「日吉山王(ひえさんのう)宮」とも言いました。現在の地に遷座したのは正保2年(1645)ですが、寛延4年(1751)、式内祝神社の号を松代に奪われる事態となり、安永10年(1781) 「須須岐水神社」と改まりました。その後、明治14年(1881)には、由緒ある神社とされる「郷社」に指定されています。神社は天保14年(1843)の大火災で類焼しましたが、再建に際し、たまたま八幡・武水別神社の建築に従事していた宮大工、立川和四郎2代目富昌に依頼したという経緯があり、素晴らしい本殿の彫刻を見ることが出来ます。嘉永4年(1851)竣工、翌年完成しました。境内には、祝神社、高市大神社、秋葉社、天満宮、八幡社、栗島神社、疱瘡社などのお社(やしろ)があります。5月3日の伝統ある春祭りは、昔は盛大に行われ、神輿行列と共に、領主参拝の名残りとして「一つ物」という武者行列も行われました。また、7月31日の「茅の輪祭り」は暦が替わる禊の行事として古くから伝えられ、「知恵の輪」と呼んで、子供がくぐると丈夫で頭が良くなるとも言われ、今も毎年大勢の子供達が輪くぐりを楽しんでいます。

須須岐水神社の鳥居と拝殿

須須岐水神社の鳥居と拝殿

神社本殿(富昌の彫刻が有名)

神社本殿(富昌の彫刻が有名)

天満宮、八幡社、疱瘡社などの社

天満宮、八幡社、疱瘡社などの社

茅の輪祭り

茅の輪祭り

【参考事項】

・「信州 千曲市観光案内ガイドブック テキスト」(社、法人)千曲市観光協会 発行
・須須岐水神社発行の「パンフレット」
・屋代の歴史物語、大橋幸文著(屋代のまちづくりを考える会発行)
・更埴市史 第2巻 近世編
・やしろ 第6号、第7号、12号ほか

印刷する
神社・仏閣の一覧へ