古大穴神社/千曲市土口諏訪神社の分社で、享保2年(1727)「諏訪大明神社創建」とあるのが記録として残る最古です。明治13年(1880)に「社号は所存する地名を付ける」という国の指示により「古大穴神社」と改名しました。
「古大穴」の名は、この地域が平安時代は大穴郷(おおなごう)と称され、鎌倉時代には大穴庄と称されたことに由来します。また、神社の石段部分に大きな古墳があったので、「古」という字を頭につけたと言われます。
拝殿の彫刻は、立川流・立川和四郎富昌の弟子、池田文四郎(立川文四郎)作で、拝殿正面梁の獅子と龍や、側面の酒呑童子(大江山の鬼頭のことだそうです。)、鶴、亀、千鳥などが見事に彫られています。
明治23年(1891)から7年に一度(6年目:申年/寅年)の「御柱祭」が引き継がれています。
注:古大穴神社:千曲市文化財センターでは「ふるおおな」神社として整理していますが、地域等によっては「こおおな」神社とも呼ばれています。