所在:稲荷山(荒町)
稲荷山五大院長雲寺(いなりさん ごだいいん ちょううんじ)真言宗智山派 平安末期の寿永3年(1184)篠山中腹に開山されたと伝わっています。その後山火事で焼失し、天正17年(1589)に現在地の荒町に再建されました。
江戸時代の正徳5年(1715)上田藩家老久松定賢により伽藍が再興されて、京都仁和寺の直末寺となりました。
本尊の五大明王【不動(ふどう)明王・隆三世(ごうさんぜ)明王・軍荼利(ぐんだり)明王・大威徳(だいいとく)明王・金剛夜叉(こんごうやしゃ)明王】と愛染(あいぜん)明王を、京都醍醐寺より拝領しています。五大明王が一堂に安置されていることは非常に貴重なものです。
その後の江戸期は、稲荷山の豊かな経済力が格式ある寺を支えて祈願寺として多いに賑わいましたが、弘化4年(1847)の善光寺地震で焼失してしまい、本堂は明治20年(1887)頃再建されました。
国の重要文化財(明治39年指定)である本尊木造愛染明王坐像は、本堂脇の収蔵庫に安置されています。ヒノキ材寄木造り、三眼六臂で開口して歯牙をあらわすと云う忿怒相で、彩色が施されています。本像は寛文13年(1673)京都の仏師久七の秀作です。
本寺は、がん封じ祈願寺として参拝者があり、また、秋になると藤袴が咲き誇ります。千曲市森地籍にある信濃三十三観音札所六番観龍寺の御朱印寺でもあります。
参考文献 更埴市史
【五大明王】 (下写真右:長雲寺資料より)不動明王(中央) 理源大師作 中心的存在 隆三世明王(右下・東方)康寿作 貪欲・怒り・迷いの三毒を降伏させる 軍茶利明王(左下・南方) 康寿作 全身に蛇が巻き付き一切の悪魔を降伏させる 大威徳明王(左上・西方)水牛に乗り毒蛇や悪竜を降伏させる 金剛夜叉明王(右上・北方)中央の顔に五つの眼を持ち仏の教えを信じな人々を教化する
・千曲カルタ
・凛として にらみをきかす 長雲寺愛染明王