所在:千曲市八幡
斎の森神社斎の森神社は鎌倉時代に建立されたと伝わり、中世以降は諏訪大明神と言われていました。「東山道信濃路」の羽尾から郡に至る路の中間に有、川中島平に入る入口を守る神(塞いの森)として、また、武水別神社に対して道祖神を守る森、先の森であったと言われます。
鎌倉時代からでしょうか、この交通の要所地籍は八日市場と言われ、8の日に市が定期的に開催され、これより先の郡下の年貢を木曽路を越えて、大和の国まで運ぶ交易の場(米や絹などを金銭に変える場)でした。
今は大頭祭の練りの出発神社として、伝統を引き継いでいます。
境内に2基あるモダンな献灯台には「大正9年、三重県津市立会町煉瓦職人清水万吉銘」があり、昔を偲ぶ風情を残しています。(武水別神社境内に同じものがあります。)
樹齢500~600年の市指定の大ケヤキもこの神社を見守っています。
辻交差点と天満宮と臼道祖神八日市場から八幡宮へ至る道筋にあり、郡や向八幡への分枝点であり、八幡宮の入口であることから古くから発達していました。辻市場の露天商は宝永正徳年間に道路と共に発展しました。道祖神は村や集落の入り口に祭られ、悪霊や邪悪の侵入を防ぎ、通行人を守る神で、近在では正月道祖神の前でどんど焼きが執り行われています。
辻の道祖神は、自然石で女性の代名詞の臼を台座としその上に道祖神が祭られ、陰陽を表しているとの伝えもあります。鳥居まであり特異な道祖神で、臼道祖神神社ともいわれています。大頭祭の際の頭人行列はここで足を止め拝礼しています。
旱魃(かんばつ)の夏には雨乞いの人々により、御本尊の道祖神を川底へ鎮座したと伝わっています。
天満宮は文化・文政(1810~1830年)寺子屋の師匠の頌徳碑で天保13年(1842)の銘があります。
祭日は9月24日かっては子供相撲が行われていました。またかっては8月1日には虫送りの行事も行われていたと云うことです。